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グアナファト 4日目 続き #09

2011/06/02 (木) 続き

昼食後、サルバドール家の棚のCDラジオカセに、メキシコを代表するボレロ歌手、アルマンド・マンサネーロの歌を、iPodから、持参のFMトランスミッターで飛ばして遊んだり、iPadでYouTubeのビデオを家族そろって楽しんだり。
サルバドールと娘のモニカさんは、「歌のプリンス」こと、José Joséと彼の後継者ともいえるボレロ歌手、Cristian Castroがそろって出演しているビデオが、特にお気に入りの様子。ホセ・ホセは、重度のアルコール中毒〜肺気腫のため、もはや歌うことができません。
ジョン・レグザイモとアナ・クラウディア・タランコンが主演のメキシコ映画、 『スウェー★ニョ』(2005) の最後の場面で、元気な彼の姿を観ることができます。
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(向かって左から、モニカさん、ホセセフィーナさん、私)
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(スペイン語の授業に出かける妻に、甘え上手なミロスラパ(7歳)。左は長女のアンドレア(11歳))

妻が、午後5時からの最後の授業に出て行ったので、部屋でホテル峰路のブログを見ていたら、もう一度私に会いたいという、ユカさんの書き込みを発見。モニカさんに頼んで峰路に電話をしてもらうと、残念ながらユカさんは留守。部屋に戻り、少し横になるつもりが、寝入ってしまい、時計を見ると妻を迎えに行く約束の午後6:00になっています。あわてて家を出ました。

トナリ学院に着くと、幸いにもまだ授業中でした。
授業のあとで、光子さんにiPadに向って歌を歌ってもらいました。ひとりじゃ恥ずかしいということで、妻も参加。曲は文部省唱歌の「もみじ」。メキシコで聴くと郷愁をさそいます。
実は、曲を吹き込み、再生すると自動的に伴奏を付けてくれるアプリ『LaDiDa』なのでした。光子先生にはけっこうウケたようです。\(^o^)/
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(この階段を上るのもこれが最後)

光子さんにも峰路に電話をしてもらい、やっと、ユカさんと会話することができました。あと、2万円ほど日本円を両替してもらえますかというと、喜んでという返事で、今からそちらに行きますとのこと。
光子さんは、駐車場の時間があるので、そろそろ学院を閉めなければなりません。3日間のお礼をいって、ここでさようなら。
学院の前のベンチでしばらく待っていると、ユカさんが徒歩で登場。再び、日本円をペソに両替してもらいました。
ユカさんとも、名残を惜しんで別れたのち、近くのサンフェルナンド広場へ。北側にあるボサノバカフェで珈琲を飲んでいると、ホームステイ先の、アンドレアとチューロ(ミロスラパ)が遊んでいます。何とボサノバカフェの女の子は、彼女たちの遊び友だちなのでした。広場を散策していると、モニカさんとホセフィーナさん母娘も、仲良く並んでベンチに腰掛けています。
聞けば、この広場の周りの店は、すべて知り合いだそうです。スペインもそうでしたが、夕方になると、別に用がなくても人々がゾロゾロと広場に集まってきて、無駄話をしたりチェスに耽ったり、カフェのベンチでカプチーノを飲んだりと、そんな文化が、ここメキシコでもすっかり定着しているようです。
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(ボサノバ・カフェ@サンフェルナンド広場)
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(右端の眼鏡の女の子がボサノバ・カフェの娘)
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(公園で遊ぶミロスとその友だち)

その後、3度目の、デリカ・ミツに。今回は店の外のテラスに座り、コロナビールとアボガド巻、チキン照り焼き定食を注文しました。どれもとても美味。
いつもジャズが鳴っているので、店主のノリさんに聞くと、ジャズは好きなんですが、よくわからないので、Oscar Petersonばかりかけています、というので、この店にはKenny Drewが似合うよとアドバイス。
ノリさんが、国内線といえども、空港には早く着いた方がいいですよ、と教えてくれたので、明日、午前10:00にタクシーに乗ることに。メキシコシティー便の離陸時刻は正午。空港までのタクシー所要時間は、約30分。
そろそろ、午後8:30分ですが、まだ外は明るいので、そんな時間だとは信じられません。
ノリさんにも別れを告げると、彼は7月に家族と一緒に日本に一時帰国するそうです。彼の家は大津なので、機会があれば、京都あたりで会いたいものです。
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(午後8時を過ぎてもまだ青空)
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(若いカップルが犬を二匹散歩させていました。どちらも放し飼い。)
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(午後9時前、やっと暗くなってきました。小学生ぐらいの女の子が屋台の店番をしています。)

帰宅すると、夕食は、ハモン(ハム)とケソ(チーズ)のトスターダでした。それまでデリカ・ミツで食べてばかりなのに、またペロリ。
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(トスターダ(カリカリになるまで油で揚げたトルティーヤ) 美味!)

夕食を摂りながら話していて驚いたのは、ホストファミリーが、私たちが明後日の土曜日までグアナファトに居ると勘違いしていたこと。ホームステイは、トナリ学院にお願いしたのですが、サルバドール家と光子さんとの連絡が悪かった?
改めて、明日午前10時にタクシーを拾うつもりと告げると、モニカさんが早朝にタクシー会社に電話をしてくれるとのこと。助かった! これで料金交渉をしなくて済みます。
旅行中便秘気味だったのが、妻に薦められるまま薬を飲んだら今度は下痢になってしまいました。グアナファト最後の夜がこれとは…。(^_^;)
ある程度、荷物を整理して午前0時に就寝。
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by srbigote | 2011-07-19 00:58 | メキシコ旅行

グアナファト 4日目 #08

2011/06/02 (木)

洗顔のあと頭を洗いました。
こちらに来て初めての洗髪ですが、乾燥しているのですぐに乾きます。それを見て、ドライヤーもないのに妻まで洗髪。
午前中は、いつものようにトナリ学院でスペイン語の授業。今日は3限目に、最後ということで、オルガ先生からメキシコの俗語(メヒカニスモ)を沢山教えてもらいました。特に、マンデ?(Mande?)は、サルバドール家でもよく耳にしました。相手の言ったことがよく聞き取れなかったときに多用します。
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(学校の真ん前にある銀行、BANCOMER。結局一度も利用しませんでした。)

担当の光子校長が午前中不在のため、妻はメキシコ人の先生の授業を2時間受け、午後5時に、光子先生から最後の授業を受けるとのこと。
私がメヒカニスモを勉強している3時間目に、彼女は周辺を歩き廻ってメキシコ土産の下調べをしていたそうです。暑いのにご苦労さま。
定刻の12時半に授業終了。妻は、学院の下の店でグアナファト産のカラフルな木綿のショール(サラッペ?)を大量に買っています。いろいろ見た結果、結局、トナリ学院1Fのこの店が一番安かったんだそうです。灯台下暗し。

その後、絵葉書を出すために、郵便局に行こうと、バシリカの手前のラパス広場まで歩いて行くと、偶然、「峰路」のアルバイトの女の子に出会いました。帰宅中だそうです。やはり、この街は狭い。彼女は大阪のS大学の学生で、グアナフアト大学で半年間スペイン語のセミナーを受講中。でも、あと1ヶ月で帰国するとか。
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(奥がラパス(La Paz)広場。手前の屋台を写したかったそうです。)
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(完全にニヤケ過ぎ!! (^_^;)

郵便局(Correo)は、道の正面のたいへんわかり易いところにありました。
ところが、$15の葉書料金に対して$7の切手しかありません。絵葉書には何枚も貼るスペースがないため、泣く泣く証紙になってしまいました。そのかわり、メキシコの世界遺産やミル・マスカラスが印刷された、綺麗な切手シートを手に入れることができました。
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(メキシコの英雄、ミル・マスカラス。千の顔を持つ男)
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(真ん中の全面モザイク壁画の建物が、オルゴマンによるメキシコ自治大学(UNAM)の図書館。その上がシケイロスの立体壁画、 『民衆から大学へ、大学から民衆へ』)
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(メキシコ・航空事業100年記念切手シート)

帰りは、1本北側の、グアナフアト大学の前の道を通ることにしました。さして広くもない道を進んでいくと、突然、ピピラの展望台から見た、あの壮麗な白亜の建物と石造りの巨大な階段が現れました。
グアナファト大学は、1732年にイエズス会の師弟のための学校として設立され、1995年に現在の州立自治大学となったそうです。何と300年以上の歴史ですが、ここグアナファトのセントロでは、どこを見渡しても古い教会や建築物だらけ。今泊めていただいている、セニョール・サルバドールの家も、200年以上は経っていると言っていました。トナリ学院やデリカ・ミツの建物も、かなりの年代物です。
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(大きな口を開けた、1階の入り口アーチ)
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(階段にはラテン美女がよく似合う。)

さらに進んで行くと、美味しそうな珈琲専門店がありました。カプチーノとチョコラーテで、しばし休憩。気がつけば、ここまでけっこうな距離を歩いています。
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(孫ではありません。通りにいた人なつっこい少年。Con un niño en la Calle)
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(こちらは、人なつっこい青年。(笑))

珈琲を飲みながら、少し先にある「アロンディガ・グラナリータス博物館」へ行くことに相談がまとまりました。
辞書をひくと、アロンディガ(Alhóndiga)の意味は、「穀物倉庫」です。ここは、グアナファト市の公営穀物保存倉庫だったんですね。
結論から言うと、アロンディガは必見の場所でした。
1810年に、イダルゴ神父による有名な「ドローレスの叫び」で独立戦争が始まると、この建物を要塞として立てこもる政府軍と、イダルゴ神父率いる解放軍が熾烈な戦いを繰り広げました。難攻不落の堅固な石の要塞に、松明を持ったグアナファトの若い鉱夫、ピピラが挑み、突破口を開き、解放軍を勝利に導きました。しかし、翌年には政府軍の反撃に遭い、指導者イダルゴ始め、アルダマ、アジェンデ、ヒメネスの4人は処刑され、その首は1821年の独立の日まで、アロンディガの建物の四方にさらされていたと言います。
入場料$49 プラス$30で、内部の写真撮影がOKでした。
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(アロンディガ博物館 入り口付近)
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(2階に至る階段の壁には、アロンディガの攻防を描いた壁画が。右端に大きく描かれているのが、イダルゴ神父。)
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(2階の回廊からパティオを望む。)
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(ここからは、処刑された4人の指導者たち)
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(中央に重い石版を背負い、決死の覚悟でアロンディガに挑む、ピピラの姿が。)
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(分厚くて堅固なこの扉を突破するのは、並大抵なことではなかったでしょう。)
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(建物の外では、インディヘナらしき人たちが土産物を並べていました。)
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(帰り道。何ともメキシコ的な色彩! Qué México!)
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(グアナファトの食を賄うイダルゴ市場。元は駅舎の立派な外観)
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(グアナファトには、いたるところに、このような地下道への入り口があります。)
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(このチキン丸焼きのグリルが見えてくると、もうすぐサルバドールの家です。)

ファレス劇場やバシリカの建築美も素晴らしいですが、メキシコ独立のシンボル、アロンディガ・グラナディータスと、メキシコ壁画運動の雄、ディエゴ・リベラの生家を身近に見学できるところがグアナファトの大きな魅力ですね。2日後には、メキシコ・シティーの南に位置するコヨアカンで、ディエゴの妻、フリーダ・カーロの生まれた家を訪れました。正確には、彼女が生を受けて、そして、亡くなった『青い家(Casa Azul)』です。
フリーダは夫の故郷であるこのグアナファトに、足を運んだことがあったでしょうか?
アロンディガでゆったり過ごして、午後3:00にホームステイ先に戻りました。


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by srbigote | 2011-07-02 09:43 | メキシコ旅行